ファミコンの父、上村雅之氏が死去

ファミコンの父が死去

元任天堂の開発第二部長で、立命館大学ゲーム研究センター研究顧問の上村雅之(うえむら・まさゆき)さんが今月6日に78歳で死去しました。

1967年に千葉工大を卒業後に早川電機(現在のシャープ)を経て1971年に任天堂に入社。83年に発売されたファミコンからディスクシステムやスーパーファミコン、後期はゲームボーイアドバンスの開発、監修などをされていました。

元シャープで任天堂に移ったという事は、ファミコン発売前の70年代からから任天堂とシャープは縁があるのですね。
シャープがツインファミコンを発売出来たのも上村さんのお陰なのかも知れません。

任天堂入社当時は、アーケードゲームを担当したのち、自社でビデオゲームを制作する際にICの設計をリコーが担当、上村さんは任天堂の開発責任者として立場でまさにファミコンの生みの親であり父でした。

インターネットがまだない時代にファミコンネットワーク構想を企画して野村証券とファミコントレードを開発したのも上村さんでした。

任天堂退社後は、2004年には立命館大学院の教授となり、立命館大学ゲーム研究センターの設立に参加。16年には文化庁メディア芸術祭で功労賞を受賞しています。

この方がいなければ、ファミコンもディスクシステムも無かったかも知れない訳でまさしくビデオゲーム界のレジェンドですね。

ご冥福をお祈りいたします。

ファミコン開発責任者が"遊び"を語る

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