ハドソンの夏の全国ゲームキャラバン

ハドソン

子供の頃の夏に開催されていた忘れられない思い出のゲームイベントがあります。

夏が来ると思い出すのはハドソンが主催していた全国ゲームキャラバン

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目次

イベント概要

第1回のスターフォースから第13回の97年まで行われていました。
その内、ファミコンソフトで行われたのは最初の3回のみです。

記念すべき第1回は、南キャラバンには高橋名人、北キャラバンには毛利名人がイベント会場各地を担当してまわりました。

このイベントがきっかけで高橋名人VS毛利名人なんて映画も製作されましたね。

よくテレビのバラエティ番組で高橋名人が特訓のために連射でスイカを割るっていうシーンで笑われているあれです。

ハドソンシューティングキャラバンの開催年と公認ソフト

第1回1985年 スターフォース(FC)

参加人数9万人
予選2分間・決勝5分間のスコアアタック。

記念すべき第1回は、スターフォースでした。

いまだにハドソンのシューティングキャラバンといえばこのゲームを思い浮かべる人も多いはず。

私は、第1回に参加するためにスターフォースを猛特訓しましたが、当日風邪で発熱のために棄権してしまいました

第2回1986年 スターソルジャー(FC)

参加人数7.5万人
予選2分間・決勝5分間のスコアアタック。

そしてシューティングゲームの代名詞となったスターソルジャーの登場です。
開催時にはまだゲームは発売されておらず、高橋名人は発売前にせっせと予習していたんだとか。

第3回1987年 ヘクター87(FC)

参加人数7.5万人
予選2分間・決勝5分間のスコアアタック。
ジョイカードMk-2使用可能。

すっかり定番化した3回目は、公認ソフトのヘクター87のインパクトは弱いものの前回と同じ7.5万人が参加しました。

第4回1988年 パワーリーグ(PE)

参加人数7.5万人

ややマンネリ化がしてきた4回目。
なぜか野球ゲームになってました。
2~3人が1組のチームを組んで攻撃・守備を各メンバーがそれぞれ担当。

この辺りになるなるともう訳わからん・・

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第5回1989年 ガンヘッド(PE)

参加人数6万人
予選2分間・決勝5分間のスコアアタック。

人数が大幅に減った第5回。
原点回帰のシューティングのガンヘッドになりました。
でも普及していないPCエンジンソフトだったためか盛り上がりには欠けたようです。

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第6回1990年 スーパースターソルジャー(PE)

参加人数11万人
予選2分間・決勝5分間のスコアアタック。

香港と台湾も加えて世界規模になり参加人数は史上最多の11万人になりました。
当時のTVゲーム人気とバブル景気も追い風でした。

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第7回1991年 ファイナルソルジャー(PE)

参加人数9万人
予選2分間・決勝5分間のスコアアタック。

この頃になるとブレなくなり、ソルジャー路線に落ち着きました。
前回同様、海外展開もしましたが、参加者は減りました。

第8回1992年 ソルジャーブレイド(PE)

参加人数8万
予選2分間・決勝5分間のスコアアタック。

ハドソン創立20周年ということで気合の入ったシューティングソフト。
でもPCエンジンの人気低下もあって参加者は減少しました。

第9回1993年 HI-TENボンバーマン(PE)

参加人数5,5万人
親子2人1組でのチームによる、5チーム同時対戦ルール。

ハドソンの人気ソフトのボンバーマンにシフトチェンジ。
参加者が大幅に減ってイベントの人気低下が鮮明になりました。

第10回1994年 HI-TEN キャラボン(PE)

桃太郎、卍丸など、ハドソンの人気キャラクター総出演バージョンの「HI-TEN ボンバーマン」大会。

10回目が一区切りになったようで、以降は規模を縮小してハドソン主催のイベント化していきました。

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キャラバン シューティングコレクション

第1回から3回までのキャラバンの3大ソフトをスーファミでひとつにまとめて発売されたキャラバン シューティングコレクションなるソフトも発売されていました。

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ハドソンキャラバン10年史

以降のキャラバンの内容

第11回1995年 天外魔境ZERO(SF)

「劇場空間天外ごっこ 誰がハドソン夢まつり’95」と題したイベントが行われました。
ついにゲーム大会はなしになってしまいました。

第12回1996年 サターンボンバーマン(SS)

マスターモードを使用した段位認定イベント。

第13回1997年:スーパービーダマン ファイティングフェニックス(GB)

ハドソンスーパーキャラバン日本縦断ボンバーマン・ビーダマンワールド97全日本GBビーダー王選手権。

キャラバンモード(通信対戦)のオフィシャルルールを使用したトーナメント戦。
テレビゲームの大会としてはここでいったん終了。

以降のハドソンのイベント

1998年:大貝獣物語 THE MIRACLE OF THE ZONE

トレーディングカードゲーム大会。
ハドソンイベント初のアナログゲーム。

1999年:大貝獣物語 THE MIRACLE OF THE ZONE 青の章

トレーディングカードゲーム大会。

2000年:パワーリーグ 夢のスタジアム2000

トレーディングカードゲーム大会。

復活!2006年 ボンバーマンカップ

6人対戦モードでの連勝数を競うオンライン大会。
18歳以上限定の「サバイバルステージ」と全年齢の「エンジョイステージ」の2部門制で決勝大会は東京ゲームショウ内で開催。

2000年に途絶えてから6年ぶりに突如復活したハドソンイベント。
PC用オンラインゲーム「ボンバーマンオンライン」を大会用にアレンジしたネットワーク対戦イベント。

賞金制となり久しぶりの盛り上がりとなりました。

2007年:全国横断ト・モ・ダ・チ検定(ガラケー)

QRコードを読み取ってもらい、その友達が「トモダチ検定」に参加すると、もらえるポイントを競い合うイベント。

「シュウォッチ」の連射大会や、「絶対音感オトダマスター」などのイベントを実施。全国8カ所で開催されました。

2008年:ボンバーマンオンライン Japan(PC)

4人同時対戦・2本先取制によるオンライン大会が行われ、決勝大会は東京ゲームショウ内で開催されました。

この後に社長が退任し、高橋名人をはじめハドソンを支え続けたスタッフが次々と去っていきます。
 

まとめ

最初はファミコンのサードパーティーの立場で自社のソフトのアピールの場としてキャラバンを始めたハドソン。

その後、自社製のハードであるPCエンジンを発売した事により、キャラバンでこのハードをアピールして普及させる戦略になっていきます。

しかし、結果はPCエンジンをキャラバンの対象ソフトにすると参加人数がガクっと減ってしまい、ハドソンの思惑は外れてしまったようです。

そんな事をやっているうちにシューティングゲームブームは終焉を向かえ、PCエンジンというハードも時代遅れとなっていきました。

そして徐々にイベントの人気は低迷してきます。

ソフトメーカーとしてのハドソンもファミコン時代のようなビッグヒット連発とはいかず年々苦戦を強いられていきます。

そしてついに2011年には経営悪化からライバルだったコナミの完全子会社になりました。

ゲームキャラバンは、ハドソンという企業自体がなくなった今となってはすべてが良い思い出ですね。

【おまけ】ハドソンファミコン曲メドレー

NES BAND

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